昭寧園(ソリョンウォン)
2014/05/04
[ad#300-250]坡州・昭寧園(パジュ ソリョンウォン:파주 소령원)
淑嬪崔氏(スクビンチェシ:숙빈최씨)はソウル中心部から20kmほど離れた京畿道坡州市廣灘面霊場里(キョンギド パジュシ クアンタンミョン ヨンジョンニ)に眠っています。
13残っている園の中で、最も美しいこの園は、史跡358号に指定されています。
トンイこと淑嬪崔氏は1718年に粛宗(スクチョン:숙종)より2年早くなくなりました。
享年49歳でした。
朝鮮の墓地にはそれぞれ格があります。王または王妃のための陵(ヌン:능)、世子(セジャ)または世子嬪(セジャビン)のための園(원:ウォン)、後宮のための墓(ミョ:묘)の3種類です。
この基準からも分かる通り、昭寧園(ソリョンウォン)も当初は昭寧墓(ソリョンミョ:소령묘)と呼ばれていました。下の画像を見ればわかると思います。
ドラマ内では昭寧園の字幕が出ていましたが、園(ウォン)に昇格したのは1753年(英祖29)、英祖が60歳の時です。このとき英祖は母・淑嬪を和敬(ファギョン:화경)に追諡しました。墓碑は英祖の親筆で左は1744年(英祖20)のものです。
さらに後年、昭寧墓(ソリョンミョ:소령묘)を陵(ヌン:능)に昇格すべきとの上訴が上がりましたが、英祖はそれをことごとく却下しました。
英祖個人は陵(ヌン)へ昇格させたい気持ちがあったのではないかと思いますが、臣下の官職を得たいがための口上だったことを見抜いていたためにそれを許さなかったのです。
このような墓所には専属の墓守がいて、従9品の守奉官(スボングァン:수봉관)が2名配置されていました。
ところで、トンイにそっくりな少女が松毛虫(ソンチュンイ:송충이)を取っていましたね。とくに半島では木といえば松のことで、松の葉を食べる害虫の松毛虫の駆除は昔から行われており、貧しい人達の収入源にもなっていました。
さて、基礎知識はこれで得ることができたと思いますので、次回は「昭寧園 淑嬪最大のミステリーとは?」と銘打って謎解きの確信に触れていきます。
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