トンイ考2 チャン・ヒビンとの戦い

トンイ考2 チャン・ヒビンとの戦いはトンイ考の後続サイトです。韓国時代劇トンイについて歴史的背景などを考察します。

問安婢/コムゲ トンイ第2話 解説(あらすじ含む)

   

[ad#300-250]ハン・ヒョジュ、チ・ジニ主演、イ・ソヨン、ペ・スビン、パク・ハソン出演の韓国時代劇トンイ(同伊:동이)の第2話の解説(あらすじ含む・ネタバレあり)です。

絹の衣装が着られるということで、トンイは問安婢になり無事大役を果たしますが、行った先がトンイを指名手配するオ・テソクのもとだったのが運の尽き。

トンイは追われる羽目になってしまいました。

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今回はこの問安婢(ムナンビ:문안비)について解説します。

コムゲについては旧トンイ考の剣契(コムゲ)とは?をご覧ください!

問安婢(ムナンビ)

文字を見るとわかると思いますが、安否や安寧であることを問う婢です。安寧はアンニョンとよみます。韓国語の挨拶『アンニョンハセヨ』『安寧でいらっしゃいますか?』という意味なのですが、まさにそれが『問安』です。婢(ピ)は奴婢(ノビ)の女性の方を指します。

朝鮮時代は日本の平安時代のように、貴族階級の両班(ヤンバン)の女性が気軽に外出することができませんでした。そのため、新年の3日から15日の間に、親戚や重要な関係の家への挨拶の際には、自分が行く代わりに家の幼い婢(ピ)の身なりを整えて挨拶を代行させていたのです。

ドラマ内では自家の者でないトンイが行っていますが、都合よくすべての家に幼い婢(ピ)がいるわけではないでしょうから、しっかりとした子供を代理に使うことは十分に考えられます。

問安婢(ムナンビ)は挨拶が終わると、訪問先でごちそうを食べ、幾らかのお年玉をもらいます。年始回りに提供されるごちそうを歳拝床(セベッサン:세배상)といい、お年玉のことを歳拝トン(セベットン:세뱃돈)といいます。トンはお金という固有語ですので漢字はありません。問安婢を送られた家は送った家に答礼の問安婢を送ります。

1849年に洪錫謨(ホンソクモ:홍석모)が記した東國歲時記(トングクセシギ:동국세시기)にも、華やかな風物詩だったであろうその様子が記載されています。けれど、、年始に出歩いている一見すると両班家の子女に見える少女たちは、年に一度しか良い衣装を着ることができない婢(ピ)の少女であるというのも皮肉なものです。

また、街を自由に闊歩できない両班家の女性たちの制限された人生にも悲哀を感じてしまいます。自分な母や娘にも会いに行けず、問安婢に様子を伺うことしかできなかったのですから。現代の女性はいくらお金持ちでも、朝鮮時代の両班家には嫁ぎたくないでしょうね(笑)

さて、トンイを送った方の家もオ・テソクの家と同様に南人(ナミン:남인)であると考えられます。この時代の政治を朋党政治(プンダンジョンジ:붕당정치)と呼ぶのですが、党派の違う家と姻戚関係を結ぶことはまずありませんでした。

オ・テソクには直近に婚姻を行う男子がいることがわかりましたが、この子はドラマの最後まで登場しませんでしたね~。忘れ去られたのでしょうか?それとも、頭が悪くて科挙に受からなかったのでしょうか?(笑)

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